FC琉球ではこのたび、成田安里選手が明治安田J2・J3百年構想リーグをもちまして現役を引退することとなりましたので、お知らせいたします。
成田 安里/Anri NARITA

■生年月日:2002年12月6日(23歳)
■出身地 :北海道
■身長/体重:178cm/72kg
■ポジション:MF
■選手経歴:プログレッソ十勝FC U-12-プログレッソ十勝FC U-15-浦和レッドダイヤモンズユース-日本体育大学-FC琉球
■Jリーグ記録
| J1合計 | リーグカップ合計 | J2合計 | J3合計 | J2・J3百年構想 | |||||
| 試合 | 得点 | 試合 | 得点 | 試合 | 得点 | 試合 | 得点 | 試合 | 得点 |
| 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 |
■個人成績

■コメント
「このたび、現役生活に区切りをつけ、引退することとなりました。
自分は兄の背中を追いかけるように3歳でサッカーを始めました。物心がつく前から始めたサッカーは、気づけば人生の中心にあり、今日まで自分を支え続けてくれました。ボールを追いかけ続けた日々の中で、多くの喜びや楽しさを経験し、かけがえのない仲間との出会い、そして数え切れないほどの貴重な経験をすることができました。サッカーは自分に夢や希望を与えてくれただけでなく、一人の人間として成長するための多くのことを教えてくれました。
一方で、サッカー人生は決して順風満帆ではありませんでした。何度も怪我を経験し、そのたびに多くの方々や仲間に支えられながら前に進んできました。
今回、引退を決断した理由は5度目の脳震盪の影響です。
正直なところ、自分の中では『まだできる』『もう一度ピッチに立ちたい』『本当にこれからなのに』という気持ちが最後までありました。サッカーしか知らない人生だったからこそ、サッカーを手放すことは本当に苦しく、何度も悩みました。
しかし、今回の脳震盪では最初から日常生活にも支障が出ており、何度も嘔吐や頭痛、倦怠感が続き、睡眠も十分にとれない状態が続きました。リハビリ過程でも症状に苦しみ、1年間、復帰を信じて治療やリハビリに取り組んできましたが、自分自身の将来や健康について真剣に考え、ドクターをはじめとする医療関係者の皆様、多くの方々、そしてチーム関係者の皆様と何度も話し合いを重ねた結果、現役生活に区切りをつける決断をいたしました。
この決断に至るまで、自分を支えてくださったドクターをはじめとする医療関係者の皆様、チーム関係者の皆様には感謝してもしきれません。身体だけでなく、精神的にも苦しい時期に常に親身になって寄り添い、支えてくださいました。本当にありがとうございました。
また、これまでサッカーを通じて出会ってくださったすべての方々にも心から感謝しています。幼い頃から今日まで、チームメイト、監督、コーチ、スタッフの皆様、対戦相手の皆様、地域の方々、応援してくださった方々など、本当に多くの方々と出会うことができました。一つひとつの出会いが自分を大きく成長させてくれました。そのすべてが今の自分をつくってくれたと思っています。楽しい時も苦しい時も、たくさんの方々に支えられ、励まされ、成長させていただきました。サッカーがなければ出会うことのなかった方々との出会いは、自分にとって一生の財産です。
そして、どんな時も温かい声援を送り続けてくださったファン・サポーターの皆様、本当にありがとうございました。皆様の応援は、どんな時も自分の力でした。怪我で苦しんでいた時にいただいた応援やメッセージは今でも忘れられません。下を向いていた自分を、何度も前へ向かせてくれました。ここまでリハビリを続けられたのは決して自分一人の力ではありません。皆様の存在があったからこそ、ここまでサッカーと向き合い続けることができました。心から感謝しています。
また、FC琉球の皆様にも心から感謝しています。脳震盪による離脱期間が長く続く中で、チームの力になれないことが本当に悔しく、不甲斐ない気持ちでいっぱいでした。そんな中でも、チームメイトの皆様には何気ない『大丈夫?』という一言や、日々の気遣い、そして先輩方にはご飯に連れて行っていただいたり、カフェに誘っていただいたりと、ピッチ外でも多くの時間を支えていただきました。その一つひとつが自分にとって大きな支えでした。本当に感謝しかありません。本当に素晴らしい仲間たちと出会えたことを心から誇りに思います。これからは一人のサポーターとして、FC琉球を応援し続けます。
そして、すべての方々にも心から感謝しています。地元の北海道のプログレッソ十勝でサッカーを始め、その後、浦和レッズユース、そして日本体育大学と、それぞれの環境で出会った監督、コーチ、スタッフの皆様に支えていただきながらサッカーを続けさせていただきました。そうした多くの出会いとご指導のおかげで、プロサッカー選手になることができたと思っています。本当に未熟だった自分を一から育ててくださったすべての方々に、心から感謝しています。
そして何よりも、どんな時も一番近くで支えてくれた家族には感謝の気持ちでいっぱいです。中学、高校と親元を離れ、多くの心配や迷惑をかけてきました。それでも変わらず応援し続け、支え続けてくれたお父さん、お母さん、そして家族には感謝してもしきれません。お父さんは昔から口数が多い方ではありませんでしたが、『後悔しないように生きろ』『義理人情を大切にしろ』『感謝の気持ちを忘れるな』、そして『人生は人助けだ』と幼い頃から言い続けてくれました。お母さんもどんな時も自分を信じ、愛情を持って支え続けてくれました。嬉しい時も苦しい時も、どんな時でも変わらず自分の味方でいてくれました。
正直、幼い頃は両親の言葉の意味を深く理解できていなかったと思います。しかし、多くの出会いや経験を重ねた今、その言葉の本当の意味が少しずつ分かるようになりました。人とのつながりを大切にすること、感謝の気持ちを持つこと、そして誰かのために動くこと。その教えを大事にしてきたからこそ、多くの素晴らしい方々と出会うことができ、自分自身も成長することができたと思っています。今の自分があるのは、父と母の教えがあったからです。サッカー選手としてだけでなく、一人の人間として大切なことを教えてくれた両親、そして家族には心から感謝しています。家族の支えがなければ、ここまでサッカーを続けることはできませんでした。本当にありがとうございました。
サッカーを通じて出会えたすべての方々、そして経験してきたすべての出来事は、自分にとってかけがえのない財産です。正直なところ、まだサッカーを続けたい気持ちはありますが、それでもこの決断は自分の人生の中で最も苦しく、最も悩んだ決断でした。それでも、自分が歩んできたサッカー人生に後悔はありません。兄の背中を追いかけて始めたサッカーは、多くの出会いと経験、そしてかけがえのない仲間を与えてくれました。
サッカー選手としてのキャリアには幕を下ろしますが、これからは新たな道で挑戦を続けていきます。これまで関わってくださったすべての皆様、本当にありがとうございました。サッカーに出会えて本当に幸せでした。これからも魂を大事にして、魂で乗り越えていきます。
本当にありがとうございました」